物申す散文

日常で見つけこと、思ったことを、書き散らかしています。

驚くべきキャッチの青年@西船橋タクシー乗り場

終電後、西船橋のタクシー乗り場には50mほどの列ができる。

 

並んでいる面子は様々だ。

飲み過ぎで千鳥足気味の役職者風中年、お持ち帰りコース一直線の男女、意図せぬ残業に疲弊している若手サラリーマン。今からどこかの飲み会に向かわんとする謎バイタリティ野郎もごく稀に見かけるが、みんなの願いは大体共通している。

 

「早くタクシーに乗って、寝たい(ヤりたい)」だ。

 

ただ、それでもタクシーに乗るまでに20分はかかる。その時間は待つ側にとっては結構苦痛だ。特に真冬はかなり体が冷える。そんな、ある凍てつく夜。私は驚くべき体験をした。

 

その日、私は例のごとくタクシーを待つ長蛇の列に並んでいた。そこには、イケイケのキャッチの青年がいた。

 

西船橋のタクシー乗り場は、駅を出てすぐという親切設計のため、周辺のお店のキャッチも集客のために現れることがある。しかし、そのキャッチの青年を見たのは前にも後にもその夜限りだった。

 

時期的には1月くらいだっただろうか、皆真冬の装いをしているにも関わらず、寒さで体が震えていた。そんな中、キャッチの青年はコートなしのジャケットスタイルでヘラヘラと道行く人に声をかける。なんか元気そうな奴がいるなぁと、思ってはいたが、その認識は大いに甘かった。

 

キャッチの青年は声をかけるのに飽きたのか、タクシー列の方によってくると、こう叫んだ。

 

「皆様!お疲れ様です!!寒い中待ってらっしゃる皆さんのために、一発芸やります!!」

 

その一言は、寒さでスマホを扱う元気もない待ち人達を振り向かせるには十二分に魅力的なものだった。そう、我々にとって、彼こそ唯一のエンターテイメントだった。

 

キャッチの青年は皆から見える位置に移動するとこう言った。

 

「AV男優の腰つき!」

 

そして、「ッシャー、アッアーーー!」などと言いつつ物凄い勢いで腰を前後に動かした。

『その場が既に物理的に凍っていたとしても、その場はとりあえず凍る』ということを知った。

しかし、彼はその空気感に臆することなく10秒ほど芸を続け、「ありがとっしたー!」と言って凍るオーディエンスに土下座をし、その場を軽やかに去っていった。

 

残された人々の表情は無だ。心では本当に「あいつヤバイあいつヤバイ」と唱えてるに違いなかったが、皆の顔は悟りを開いていた。かくいう私も同じ顔をしていただろう。

 

タクシー乗り場は何とも言えない空気に包みこまれていた。そして、その状況を打開したのも、やはり彼だった。

彼は先の芸で何か確信を得たのか、再びオーディエンスの前に現れた。そして、叫んだ。

 

「AV女優の真似!」

 

正直、彼が再び現れるという「予想外」と結局AV縛りという「予定調和」が入り混じり、私はすでに笑いを堪えきれないでいた。

 

彼はM字開脚をしながら諸々叫んだ。ただ、オーディエンスの反応はだいぶ変わっていた。皆、表情を持っていた。さっきまでの無ではなく、苛立、苦笑、軽蔑、唖然、爆笑。いろいろな感情が彼を中心に巻き起こっていた。

 

キャッチの青年は迫真の演技を終えると、再び土下座をしながらオーディエンスに感謝の意を唱え、再び軽やかに去っていたった。

 

その背中は達成感に満ち、嬉々としていた。彼がその場の人たちを幸せにしたかどうかは分からないが、少なくとも私はスゴイものを見た気分になり、気がつくと自分のタクシーの番になっていた。彼は、私に待つことを忘れさせてくれたのだ。

 

私は今でもタクシーを待つと彼のことを思い出す。もし、もう一度彼に会うことがあれば、私は何をするだろう?

 

その答えは既に決まっている。皆もおなじだろう。

 

 

そう、「何もしない」だ。

 

#西船橋には変な人が多すぎる。